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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)50号 判決 1981年8月31日

本籍

東京都杉並区西荻北四丁目一三番地

住居

東京都杉並区西荻北四丁目二〇番八号

歯科医師

鈴木尚

昭和一七年一月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官馬場俊行出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金二七〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都中央区日本橋小伝馬町一〇番八号甚永ビルにおいて、「ナオ歯科クリニック」の名称で歯科医業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自由診療収入等を除外して簿外の債券を購入するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際総所得金額が八三六七万八二四四円(別紙一修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五三年三月一五日、東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号所在の所轄荻窪税務署において、同税務署長に対し、同五二年分のみなし法人所得額が一三八八万五〇八九円、総所得金額が二一〇八万一〇五三円でこれらに対する所得税額が源泉徴収税額五八七万八一四一円を控除すると合計四九二万九一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第六八一号の1)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額四一八四万三八〇〇円(別紙四税額計算書参照)と右申告税額との差額三六九一万四七〇〇円を免れ、

第二  昭和五三年分の実際総所得金額が七六三九万九五三六円(別紙二修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月一五日、前記荻窪税務署において、同税務署長に対し、同五三年分のみなし法人所得額が一四八九万七六四四円、総所得金額が二四九二万八五八六円でこれらに対する所得税額が源泉徴収税額七九五万六八六〇円を控除すると合計五二〇万三二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の2)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額三四三九万二七〇〇円(別紙四税額計算書参照)と右申告税額との差額二九一八万九五〇〇円を免れ、

第三  昭和五四年分の実際総所得金額が七四三六万四〇二〇円(別紙三修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五五年三月一七日、前記荻窪税務署において、同税務署長に対し、同五四年分のみなし法人所得額が一九七三万〇三九三円、総所得金額が三一〇六万八〇〇〇円でこれらに対する所得税額が源泉徴収税額九八三万九九七七円を控除すると合計八二〇万九八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の3)を郵便により提出し(通信日付印は昭和五五年三月一五日)、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額三〇六六万七一〇〇円(別紙四税額計算書参照)と右申告税額との差額二二四五万七三〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書二通

一、中條なほみの検察官に対する供述調書

一、検察官、弁護人及び被告人作成の合意書面

一、収税官吏作成の社会保険料控除及び小規模企業共済掛金控除に関する各調査書

一、検察事務官作成の源泉徴収税額に関する捜査報告書

一、荻窪税務署長作成の証明書

一、押収してある所得税確定申告書三袋(昭和五六年押第六八一号の1ないし3)、所得税青色申告決算書三袋(同号の4ないし6)及び自由診療収入帳三冊(同号の7ないし9)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時において、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時において右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により、いずれについても軽い行為時法の刑によることとしいずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金二七〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

被告人は、日本大学歯学部を卒業して歯科医師となり、勤務医などを経て昭和四八年から歯科医業を開業し、昭和五四年一二月現在において勤務医二名、衛生士、助手、技工士等一〇名を雇傭するまでになった者であるが、本件は、被告人において、同歯科医業に関し、自由診療収入等を除外して簿外の債券を購入するなどの方法により、三年度にわたり合計八八〇〇万円余りの所得税を免れたというもので、被告人自ら自由診療収入や給料等につき、公表分と簿外分との仕分けるなど積極的に脱税工作を行なっており、ほ脱率も八二パーセント強とかなり高いものである。また、被告人は、脱税の動機として、自分が極度の遠視のため、将来歯科医の仕事ができなくなった時に備えて資産を残しておきたかった旨供述しているところ、同被告人の病状及び将来に対する不安については、理解できないわけではないが、その資産及び収入状況などに照らし、必ずしも脱税をしなければならない事情にあったとはいえず、また別途将来に備える方法も可能であり、医師、歯科医師の脱税に対する社会的批判の強い折から、被告人の刑責は軽視できないものがあり、以上の諸点にかんがみると、到底罰金刑のみを選択すべき事案ではない。

しかしながら、被告人は、本件を深く反省し、犯行後本税、重加算税等をすべて納付するとともに、納税態度を改める旨供述しており、もとより前科前歴がないことなどの有利な事情も認められ、その他本件にあらわれたすべての事情を考慮し、主文のとおり量刑する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 久保真人 裁判官 川口政明)

別紙一 修正損益計算書

鈴木尚 No.1

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

<省略>

修正損益計算書

鈴木尚 No.2

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

<省略>

別紙二 修正損益計算書

鈴木尚 No.1

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

<省略>

修正損益計算書

鈴木尚 No.2

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

<省略>

別紙三 修正損益計算書

鈴木尚 No.1

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

<省略>

修正損益計算書

鈴木尚 No.2

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

<省略>

別紙四 税額計算書

<省略>

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